2015年1月14日水曜日

珍車の入庫

昨日MYPにご来店頂いた方は目撃していると思いますが、
珍しい車両が入庫しました。

FaceBookなどですでにご承知の方もいると思いますが、

1958年 HUMMER Model-B とう125ccの2ストローク!


とても小さくて綺麗な車両です。
状態も良く、とても珍しい一台です。
125ccでもちゃんとしたハーレーダビッドソンです。

一見の価値があると思います。ピンクのナンバーが不思議と似合います。

詳細は ハーレーダビッドソン 1958年 HUMMER Model-B をサイトで見る

さて、昨日のブログの最後に

>明日はカレンダーに「タロとジロの日」となっています。

1955年(昭和30年)10月、稚内市にて風連のクマと、クロの子として生まれ、タロ・ジロ・サブロの3兄弟だった。この名前は白瀬矗の南極探検の際、犬ぞりの先導犬として活躍した樺太犬、タロとジロ(「タロウとジロウ」、あるいは「タローとジロー」とも)にちなむ。
1956年(昭和31年)、南極観測隊に樺太犬による犬ぞりの使用が決定される。当時の北海道には約1,000頭の樺太犬が居たが、このうち犬ぞりに適した犬は40から50頭程度に過ぎなかった。この中から3頭の兄弟と父親を含む23頭が集められ、稚内で樺太出身の後藤直太郎によって訓練が行われた。このうちサブロは訓練中に病死している。
Wiki より抜粋

樺太犬のなかでもエリートだったんですね。

1958年(昭和33年)2月、宗谷が南極付近に到着した。昭和基地にいる第1次隊員と入れ替わって越冬するため、宗谷は第2次越冬隊を乗せていた。しかし、天候の悪化から宗谷は昭和基地には到着できなかった。昭和基地から帰還する第1次隊員の人間たちでさえ小型雪上機「昭和号」でかろうじて宗谷に帰還する有様であり、15頭の犬は犬ぞりに首輪で昭和基地付近につながれたままにされた。その後もぎりぎりまで天候の回復を待ったものの、宗谷自体が遭難する危険性も出てくるに至り、第2次越冬隊の派遣は断念された。それとともに15頭の犬の救出も見送られ、残された犬達の生存は絶望視された。この犬を置き去りにしたことにより、観測隊は激しい非難を浴びることとなった。なお、南極生まれの子犬とその母犬のシロ子は、母と子の分だけ燃料を抜いて重量を減らすという昭和号乗員の機転によって救出され、日本へ帰還することができた。7月には大阪府堺市に15頭を供養する銅像(樺太犬慰霊像)が建立された。
Wiki より抜粋

奇しくも今日ご紹介するハーレーのHUMMERができたと同じ時代にこの事件は起こりました。

ところが、1959年(昭和34年)1月14日、第3次越冬隊のヘリコプターにより、上空から昭和基地に2頭の犬が生存していることが確認される。着陸すると駆けてきて操縦士に寄ってきたが、大きく成長していて、個体の判別がつかなかった。急遽、第1次越冬隊で犬係だった北村が次の機で基地に向かうことになった。犬達は北村に対しても警戒していたが、頭をなでながら次々と犬の名を呼び掛けると、1頭は「タロ」との発声に反応して尻尾を振った。もう1頭も「ジロ」との発声に反応したことから、この兄弟が生存していたことが確認されたのである。
Wiki より抜粋

個人的に「犬」馬鹿である自分にとってはこれを読んでいるだけで涙が出てしまいます。


写真は実際の「タロとジロ」です。 樺太犬って大きいんですね! 
子供のころ見た「南極物語」の映画の印象は薄いのですが、まさに熊みたいな犬です。

そう、今日1月14日はタロとジロが南極から救出された記念日なのです。

入庫した車両が1958年 そしてタロとジロが南極に置き去りにされ救出されたのが今日。
不思議なめぐり合わせでした。

写真が無かったので・・・・タロとジロに救われました(笑)
では。

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